フルーティストRobert Dick (ロバート・ディック)さんてどんな人?
2013年01月23日 04:42
| ロバート先生のビデオレッスン
リオです。
今回は僕にとってなぞのフルーティストだった
スロートチューニング技法を教える
(ロバート・ディック)さんについて
詳しいことがわかったので、紹介します。
二つのインタビュービデオから経歴的なところだけ
抜粋して、こんな人なんだということがわかる程度に
まとめてみることにしました。
その前に今回のインタビュー動画は彼の演奏が
全く無いので、
最初におまけの動画を載せておきます。
こちらは、実験レベルを超えたロバートディックさんの楽しめる凄い演奏です。
どうでしたか、なかなか楽しめたのではないかと思います。
インタビュー動画の方は自分の経歴だけでなく、
フルートや音楽について彼の哲学なども
沢山語られているのですが、そこまで全部書くと
膨大な記事の量になるので、その部分は
今回は残念ながら割愛させて頂きます。
まずAの動画のインタビューをしている場所ですが、
僕はこの部屋、なんかどこかで見たことある
部屋だなと感じました。
それもそのはず、このビデオが撮影された場所は
僕がパウエルを買ったお店だったのです。
この動画では部屋のほんの一部だけしか写っていないので
部屋全体の印象とは全く違います。
この動画だけ見ると、綺麗なソファーがあって
壁にはフルートがが何本か飾ってあるだけの何も無い
簡素な応接間のようなイメージを受けますね。
ところが、この部屋は実際には応接間と言う雰囲気は
全然無い、ゴチャゴチャした楽器屋さんのお店の一角を
撮影用にかたずけて撮影されたものです。
普段はあの赤いソファーの上には、販売用のフルートが
山済みにされていたりします。
撮影しているカメラがある辺りは、リペアショップ
になっていて、商品を並べた腰くらいの高さの
ガラスのディスプレイケースで囲まれています。
カメラはおそらくディスプレイケースで囲まれた
リペアショップからディスプレイケース越しに
撮影していると思います。
ソファーからディスプレーケースまでの距離は
2メートルほどしか無いからです。
Bの動画はバックに赤いカーテンが見えるだけですが、
ニューヨークのマンハッタンにあるNYU(ニューヨーク大学)で
撮影していると彼が最初に言っています。
インタビューの動画は演奏が全く無いので
英語がわからないとつまらなくて見てられないので、
この動画はおまけです。
この演奏は凄いので見る価値があると思います。
では要約していきます。
ロバートさんはニューヨークの出身で現在NYUで
フルートを教えている先生だったのですね。
彼自身は、クリエイティブミュージシャンで、作曲家で
即興でのフルートプレイヤーだと言っています。
NYUではフルート学科の学生を教えたり、
ジャズ学科では即興のアンサンブルを指導したり
しているそうです。
伝統的なクラシックやジャズ音楽などは教えていない
そうです。
彼はもともとはクラシック出身なのですが今は
それは卒業して、もっと前衛なアート、建築的で、
音を使って絵を描くといったイメージの、ソニックアーティスト
なんだと言っています。
フルートは子供のときから始めた。
でも、ふるーとではなくてピッコロでした。
ラジオでロケットロビンという曲でピッコロで演奏したものが
よく流れていました。
オリジナルのボビービーバーのやつで、後にリメイクして
マイケルジャクソンが歌ってヒットしたやつとは違います。
そのとき自分もピッコロを吹きたいなと思ったのが
最初のきっかけだそうです。
お母さんはピアノの先生で、お兄さんは
チェロを習っていたそうです。
だから、楽器と言うものはどんな楽器でもハーモニーが
出せるものだと思っていたそうです。
そしてお母さんからフルートの運指を3オクターブのドまで
全部教えてもらって、これで全部だと言われたので、
じゃー次は和音の出し方を教えてと、お母さんに聞いたそうです。
そしたら、お母さんがフルートは一度に1音づつしか出せなくて、
ピアノやチェロのように和音は出せない楽器だと言われて
大変ショックを受けたそうです。
その時これは将来何とかしなければならないと思ったそうです。
そして、高校のときお前、将来何になりたいのだと聞かれて
ニューヨークフィルの首席フルーティストになるんだと
断言したそうです。
そのために、高校では音楽を専攻して、ニューヨークフィルの
フルーティストになる為にはどうすればいいのかを
真剣に考えて、その為のあらゆることをやったそうです。
自分が住んでいる街の、3つのコミュニティーオーケストラに入って
夜になるとほぼ毎日演奏したそうです。
そうしている内に何かもっと新しいスタイルの
フルートでの演奏をやりたいと思うようになったそうです。
当時アメリカではランパルとジュリアスベーカーが人気でした。
ランパルはもちろんいいとは思うけど、彼の演奏を変えて
何かもっと違う新しいランパルと言った感じの演奏が出来ないかと
考えるようになったそうです。
そこで、伝統的なフルートの音の出し方をぶち壊す
実験的な試みをする様になって行ったそうです。
同じフィンガリングで、同時に二つ以上の音を出すことを
考えて、色々実験をした。
これが、マルチフォニックスの技法をあみ出すことになった
のだそうです。
それから、新しい演奏技法だけでなく、新しいフルートも
作れないかとあれこれ試行錯誤するようになって
ついに、スライド式のグリッサンドフルートを開発する事になった。
そして、それを事業家する事になり会社を作った。
それから、フルートの教則本も出版するようになった。
それからニューヘイブンにあるイエール大学で勉強するようになり
その時、庭掃除のバイトをしている時にたまたま出会った人が、
音楽の本の出版をすることを奨めてくれて、出版社を紹介してくれた。
それから、本格的にフルートの演奏活動をするようになった。
その当時はお辞儀をして、何もしゃべらずにフルートを演奏して終わる
いわゆる伝統的なスタイルだった。
けれど、誰も立ち上がって拍手喝采をしてくれるようなことは無く、
これじゃダメだと思うようになっていた。
そこで、新しいパフォーマンスのやり方を考えるようになった。
それは、単にフルートを演奏するだけではなく
曲の内容について色々と話をしながら、リスナーに何故この曲を
演奏しているのかというようなことを理解してもらいながら
演奏をするというやり方になっていった。
当時は多くのフルーティストは学校を卒業するとクラシックの
オーケストラで演奏活動をするのがほとんどだった。
当時はクラシックのオーケストラでの演奏が流行っていて、
テレビでもしょっちゅう放送される時代だった。
しかし彼は独立してソロ活動を選んだ。
それはやさしい道ではなかった。
お金を稼ぐことが目的なら、もっとたやすい道が
沢山あったと思う。
出版活動もなかなか厳しかった。
著作権の問題で長い間裁判で戦うことにもなったりもした。
食う為にビジネスとして音楽活動をしたいと思わなかった。
自分は芸術家なんだと言う自負心が強かった。
しかし、そのうち考え方が変わった。
ミュージシャンは自分の為の演奏するのではなく
観客の為に演奏するのだと・・・・。
そして、音楽活動はビジネスとしてやるべきだと
思うようになってきた。
私はビジネスとして音楽の本やCDなども売っている。
そして今は十分なお金を稼ぐことができた。
そのお陰で、若い音楽家の卵を育てる為に、
ビジネスで稼いだ金を使うことが出来るのだ。
私がお金を稼ぐ目的は君達のような若い音楽家を育てる
為なんだ。
私は、ジュリアスベーカーからフルートを教わった。
彼はふるーとの吹き方だけではなく、
プロとして、どうやって自分のキャリアを作っていくかと
言うような実務的なことも教えてくれった。
当時と今では音楽の世界は随分変わった。
多くのフルートの先生はフルートを教えることだけが
仕事だと思っている。
そういう小さな世界観を持っている先生がとても多い。
私はもっと視野を大きくして、もっと幅広い教育活動を
していってほしいと思っている・・・・。
疲れたので、これで止めますが、これでロバートディックさん
と言う方がどんな人なのかということが、だいたいイメージ
出来るようになったことと思います。
この動画はただダラダラと長時間しゃべっているだけで、
フルートの吹き方とか演奏とかは全くありません。
英語がわからない人は見てもつまらないので、
見てもしょうがないです。
英語がわかる人で、もっと詳しく内容が知りたい人の為に
一応、動画も載せておきます。
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スロートチューニング技法を教える
(ロバート・ディック)さんについて
詳しいことがわかったので、紹介します。
二つのインタビュービデオから経歴的なところだけ
抜粋して、こんな人なんだということがわかる程度に
まとめてみることにしました。
その前に今回のインタビュー動画は彼の演奏が
全く無いので、
最初におまけの動画を載せておきます。
こちらは、実験レベルを超えたロバートディックさんの楽しめる凄い演奏です。
どうでしたか、なかなか楽しめたのではないかと思います。
インタビュー動画の方は自分の経歴だけでなく、
フルートや音楽について彼の哲学なども
沢山語られているのですが、そこまで全部書くと
膨大な記事の量になるので、その部分は
今回は残念ながら割愛させて頂きます。
まずAの動画のインタビューをしている場所ですが、
僕はこの部屋、なんかどこかで見たことある
部屋だなと感じました。
それもそのはず、このビデオが撮影された場所は
僕がパウエルを買ったお店だったのです。
この動画では部屋のほんの一部だけしか写っていないので
部屋全体の印象とは全く違います。
この動画だけ見ると、綺麗なソファーがあって
壁にはフルートがが何本か飾ってあるだけの何も無い
簡素な応接間のようなイメージを受けますね。
ところが、この部屋は実際には応接間と言う雰囲気は
全然無い、ゴチャゴチャした楽器屋さんのお店の一角を
撮影用にかたずけて撮影されたものです。
普段はあの赤いソファーの上には、販売用のフルートが
山済みにされていたりします。
撮影しているカメラがある辺りは、リペアショップ
になっていて、商品を並べた腰くらいの高さの
ガラスのディスプレイケースで囲まれています。
カメラはおそらくディスプレイケースで囲まれた
リペアショップからディスプレイケース越しに
撮影していると思います。
ソファーからディスプレーケースまでの距離は
2メートルほどしか無いからです。
Bの動画はバックに赤いカーテンが見えるだけですが、
ニューヨークのマンハッタンにあるNYU(ニューヨーク大学)で
撮影していると彼が最初に言っています。
インタビューの動画は演奏が全く無いので
英語がわからないとつまらなくて見てられないので、
この動画はおまけです。
この演奏は凄いので見る価値があると思います。
では要約していきます。
ロバートさんはニューヨークの出身で現在NYUで
フルートを教えている先生だったのですね。
彼自身は、クリエイティブミュージシャンで、作曲家で
即興でのフルートプレイヤーだと言っています。
NYUではフルート学科の学生を教えたり、
ジャズ学科では即興のアンサンブルを指導したり
しているそうです。
伝統的なクラシックやジャズ音楽などは教えていない
そうです。
彼はもともとはクラシック出身なのですが今は
それは卒業して、もっと前衛なアート、建築的で、
音を使って絵を描くといったイメージの、ソニックアーティスト
なんだと言っています。
フルートは子供のときから始めた。
でも、ふるーとではなくてピッコロでした。
ラジオでロケットロビンという曲でピッコロで演奏したものが
よく流れていました。
オリジナルのボビービーバーのやつで、後にリメイクして
マイケルジャクソンが歌ってヒットしたやつとは違います。
そのとき自分もピッコロを吹きたいなと思ったのが
最初のきっかけだそうです。
お母さんはピアノの先生で、お兄さんは
チェロを習っていたそうです。
だから、楽器と言うものはどんな楽器でもハーモニーが
出せるものだと思っていたそうです。
そしてお母さんからフルートの運指を3オクターブのドまで
全部教えてもらって、これで全部だと言われたので、
じゃー次は和音の出し方を教えてと、お母さんに聞いたそうです。
そしたら、お母さんがフルートは一度に1音づつしか出せなくて、
ピアノやチェロのように和音は出せない楽器だと言われて
大変ショックを受けたそうです。
その時これは将来何とかしなければならないと思ったそうです。
そして、高校のときお前、将来何になりたいのだと聞かれて
ニューヨークフィルの首席フルーティストになるんだと
断言したそうです。
そのために、高校では音楽を専攻して、ニューヨークフィルの
フルーティストになる為にはどうすればいいのかを
真剣に考えて、その為のあらゆることをやったそうです。
自分が住んでいる街の、3つのコミュニティーオーケストラに入って
夜になるとほぼ毎日演奏したそうです。
そうしている内に何かもっと新しいスタイルの
フルートでの演奏をやりたいと思うようになったそうです。
当時アメリカではランパルとジュリアスベーカーが人気でした。
ランパルはもちろんいいとは思うけど、彼の演奏を変えて
何かもっと違う新しいランパルと言った感じの演奏が出来ないかと
考えるようになったそうです。
そこで、伝統的なフルートの音の出し方をぶち壊す
実験的な試みをする様になって行ったそうです。
同じフィンガリングで、同時に二つ以上の音を出すことを
考えて、色々実験をした。
これが、マルチフォニックスの技法をあみ出すことになった
のだそうです。
それから、新しい演奏技法だけでなく、新しいフルートも
作れないかとあれこれ試行錯誤するようになって
ついに、スライド式のグリッサンドフルートを開発する事になった。
そして、それを事業家する事になり会社を作った。
それから、フルートの教則本も出版するようになった。
それからニューヘイブンにあるイエール大学で勉強するようになり
その時、庭掃除のバイトをしている時にたまたま出会った人が、
音楽の本の出版をすることを奨めてくれて、出版社を紹介してくれた。
それから、本格的にフルートの演奏活動をするようになった。
その当時はお辞儀をして、何もしゃべらずにフルートを演奏して終わる
いわゆる伝統的なスタイルだった。
けれど、誰も立ち上がって拍手喝采をしてくれるようなことは無く、
これじゃダメだと思うようになっていた。
そこで、新しいパフォーマンスのやり方を考えるようになった。
それは、単にフルートを演奏するだけではなく
曲の内容について色々と話をしながら、リスナーに何故この曲を
演奏しているのかというようなことを理解してもらいながら
演奏をするというやり方になっていった。
当時は多くのフルーティストは学校を卒業するとクラシックの
オーケストラで演奏活動をするのがほとんどだった。
当時はクラシックのオーケストラでの演奏が流行っていて、
テレビでもしょっちゅう放送される時代だった。
しかし彼は独立してソロ活動を選んだ。
それはやさしい道ではなかった。
お金を稼ぐことが目的なら、もっとたやすい道が
沢山あったと思う。
出版活動もなかなか厳しかった。
著作権の問題で長い間裁判で戦うことにもなったりもした。
食う為にビジネスとして音楽活動をしたいと思わなかった。
自分は芸術家なんだと言う自負心が強かった。
しかし、そのうち考え方が変わった。
ミュージシャンは自分の為の演奏するのではなく
観客の為に演奏するのだと・・・・。
そして、音楽活動はビジネスとしてやるべきだと
思うようになってきた。
私はビジネスとして音楽の本やCDなども売っている。
そして今は十分なお金を稼ぐことができた。
そのお陰で、若い音楽家の卵を育てる為に、
ビジネスで稼いだ金を使うことが出来るのだ。
私がお金を稼ぐ目的は君達のような若い音楽家を育てる
為なんだ。
私は、ジュリアスベーカーからフルートを教わった。
彼はふるーとの吹き方だけではなく、
プロとして、どうやって自分のキャリアを作っていくかと
言うような実務的なことも教えてくれった。
当時と今では音楽の世界は随分変わった。
多くのフルートの先生はフルートを教えることだけが
仕事だと思っている。
そういう小さな世界観を持っている先生がとても多い。
私はもっと視野を大きくして、もっと幅広い教育活動を
していってほしいと思っている・・・・。
疲れたので、これで止めますが、これでロバートディックさん
と言う方がどんな人なのかということが、だいたいイメージ
出来るようになったことと思います。
この動画はただダラダラと長時間しゃべっているだけで、
フルートの吹き方とか演奏とかは全くありません。
英語がわからない人は見てもつまらないので、
見てもしょうがないです。
英語がわかる人で、もっと詳しく内容が知りたい人の為に
一応、動画も載せておきます。
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